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峠 司馬遼太郎著 新潮文庫 [雑感]

河井継之助を知ったのは、もう10年近く前になります。
MINIで訪れた、山本五十六記念館の近くの河井継之助記念館に訪問した際に知りました。


当時、施設の案内をされていた方のお話しぶりからすると、静かな熱い愛情を持った地元の方を虜にする魅力的な歴史上の人物なのだなと、記憶に残りました。

しかしその当時の私には、河井継之助が坂本龍馬よりも先に産業による富国政策を考えていたという言葉の意味を理解する事ができませんでした。

それから幾度か、河井継之助の名前を見かけることはありましたが、その人物像を知るには、司馬遼太郎氏の著作を読む必要があるだろうと私は決めていました。
あとは読むタイミングだな、と。

司馬遼太郎記念館で、河井継之助の展示会が始まり、これがタイミングだろうと読み始めました。

上巻における河井継之助の思想の成り立ちというものは、陽明学をもとにした行動を伴う学問であります。司馬遼太郎氏は、この河井継之助の思想の凄烈さと破滅さの危うさを、どのように表現するものかと思いあぐねていた印象とそして小説を書きながら継之助に、あんたの生き方は危なっかしいなぁと朋友に言っているような感想を私は持ちました。目が痛いというか耳が痛いというか。

上巻を読み終えた感想は、やはりタイミングだったと、それは読みながら痛感することでした。この物語を私が少しでも正確に読み捉えるためには補助線として「資本主義経済社会」というものの概略を知っておく必要がありました。武士の矜持、という流れは確かにありますがあくまでも幕末の歴史の原動力は、産業資本主義経済をどのように社会に導入するのか、であると私は考えています。

社会の下部構造となる資本主義経済社会と武士の封建社会とは水と油、お互いに相容れない関係でありますし、産業資本主義経済は武士の世というものに対して暴虐無尽に振る舞ったというのが会津藩をふくめ、新政府軍と争うことになった長岡藩の歴史の顛末でありましょう。
興味深いのは、函館まで退却を重ねに重ねる旧幕府軍の上層部は、武士の矜持を発揮する事がなかったことです。彼らは江戸無血開城の時点ですでにその存在意義を失っていたのでしょう。

この辺りは、戦国時代からの封建社会の「家存続のための戦略」というものが、江戸末期にもあらわれていたのかもしれません。家系の存続を図るために、敵味方に血筋のものを加勢させて、勝者側になった血筋のものが敗者側に助けの手を差し伸べることで、一族の地上からの消滅を避けるということが行われていた、封建的な合理性のあるシステムがこの当事者たちの中に共有されていたのかもしれません。

江戸城無血開城がなく、江戸の市中を壊滅させるような抵抗運動が繰り広げられた結果があれば、長岡藩や会津藩への資本主義経済社会が封建主義社会への排除行動が暴力となって現れるような惨状がなかったかもしれないとも考えられます。

河井継之助の「危なっかしいなぁ」と司馬遼太郎氏が言わんとしている行動様式の原理は、美でありましょう。

上巻においては、この河井継之助について備中岡山の家老山田方谷の言を代わりに忠告(この表現は正しいのか?)しているようにも印象を受けます。
逆に、この河井継之助の先鋭するぎる性格において、山田方谷という師とのエピソードがなければ、継之助の人格というものを表現するのに片手落ちとなる、それまでに重要な場面であるとも考えます。

このあたりで、河井継之助についての前半部をおわらねばならない。
前半は、何事もなかった。後半、この人物はその性格と思想どおりみずから進んで険峻によじのぼり、わざわざ風雲をよび、このため天地が海鳴するほどの波乱をよぶのだが、しかしその根はすべて前半にある。このため、なだらかで物語的起伏のすくない前半の風景のなかを、筆者は読者とともに歩かざるをえなかった。峠 司馬遼太郎著 新潮文庫 421頁

この文章ののちに、山田方谷へ二度目の弟子入りをしたくだりを書いています。
その段落の最後は、

別れる朝、継之助は門を辞し、丸木の橋を渡って対岸の街道へ出た。
方谷は門前で見送っていた。
継之助は路上に土下座した。土下座し、高梁川の急流をへだてて師匠の小さな姿をふしおがんだ。この諸事、人を容易に尊敬することのない男が、いかに師匠とはいえ土下座したのは生涯で最初で最後であろう。同上 425頁

この場面が描かられたことで、継之助の人格に温かみを加えることになったと私は考えます。

西洋の資本主義経済社会の原理を見抜き、長岡藩の富国強兵こそが生き残る道だと見定めたその教養の元は、当時の西洋の書物ではなく、日本と大陸の古の教養であったことは、興味深い点であります。
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