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抽象的な話でも [雑感]

閲覧数が減った最近、ますます、文字数が多くなっているのは
私の天の邪鬼な性格が原因でしょう(苦笑)

それは、見やすいのは
ほど良くまとめられた文章(移動先でのスマホでも読みやすいように)に
画像が張り付けてあれば、私だって、見やすいよなぁと思いますから
そうじゃないようにしてみようというわけです。あぁ、へそ曲がり万歳。
見せ方はへそが曲がっていますが、内容は、へそが曲がりようが無いのでご安心ください。
わたしの勘違いはあったとしても
嘘は書いていません、でも、読まれている方の現実とは違うかもしれません。



ロシアGPで、ミディアムタイヤで、ロズベルグが53周のうち、52周を走行。
それも、後半になって、ファステストタイムをたたき出せるほどの余力がありながらの
2位表彰台。

タイヤをグリップさせないシステムの優位性が、雨の鈴鹿以外でも、発揮されたということでしょう。

タイヤをグリップさせるな、ということは、常々言われていること。

素人なりに、理解できていないことのことを因数分解していくと、前回のブログで考えたような
タイヤの表面を細かく削れ、ということになるんだろうかと。

MINIが受けている整備を考えてみても
タイヤのグリップ感は、運転していて強力に感じるのに、タイヤの摩耗が抑えられている。
ということに、つながることではなかろうかと、自分の体験上から考えられます。

申し訳ありません、世の中の主流とは、反対のことを書いていますが
私が経験している上で考えていることを書いているまでのことです。

技術の違いの問題です。

今年、F1でフェラーリが全く勝てない理由に、ドライバーに合わせた車の味付けができない、
ということが上げられるそうです。

エンジン、サスペンション、ブレーキ、エトセトラと、高い精度を持った部品が
装着されているのは、勝てていないフェラーリのマシンとて、同じです。
しかし、部品を組み合わせた上で、車というものは動き、運転手が動かすことで完成するわけです。

フェラーリに移籍当時、アロンソは驚いたそうです。
車の調律ができる、ベテラン整備士がいないことに。

これが、今年の過給機付きとなったパワーユニットで、フェラーリが勝てない理由になっている、と。

それは、今年のライコネンの車のセッティングにも表れています。

ライコネンが欲していたハンドリングの持った車を作れたのは、鈴鹿GPの前後辺り。
つまり、総試合数の三分の二をすぎてから、やっと、ライコネンが思うような、車のベースができたと。

ミハエル・シューマッハの遺産を多く抱えていたはずのフェラーリが凋落した理由は、
シューマッハの遺産が、コンピューター上の数字ではなく
ミハエルの車作りに関わった人間そのものだったということを、見落としていたからです。

その遺産とは、シンプルなこと。

運転手に合わせた車の調律をしているか、です。
これが技術の遺産だったのですが、デジタル化されたデータでは、全てを受け継ぐことができなかった
という事を、今年証明しているのではないでしょうか。

現メルセデスの二人のセッティングは、全く異なっているそうですが
出している結果は同じ。

運転手に合わせる車の調律をする技術が、メルセデスにはあったのか。
(往年のベテランは数多く抱えていそうですから)
それとも、ロス・ブラウンの置き土産だったのかはわかりません。

F1ドライバーですら、車の調律で大きく左右されるというのに
私達素人での、調律された車からもたらされる恩恵というものは
計りしれない大きなものがあります。

精度の高い工作機械から作り出される部品と、高度なコンピューターで計算された数字が生きるためには
人間の、高度なアナログ技術が無ければならないのではないか、と。
それは、車の調律という技術の高みにつながる、そう感じているわけです。

だから、MINIをちゃんと扱えないことはもったいない、というわけです。
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