SSブログ

100年前の雑誌を読む [雑感]

100年前の雑誌の記事を読み進めています。

醸造製造所について、近代的な施設の構築を推奨している件です。

100年前、江戸幕府から明治政府へ政権が交代し、
欧州による産業資本主義経済システムの日本社会への導入を強制されたと同時に、
職人的手工業では、資本家の利益に限りがあるので機械化が求められていましたし
製法の西洋科学による根拠立ても積極的に行われていたゆえの、
近代的設備の導入の推奨が図られていたことが考えられます。

時代が進み、近代的設備による醸造が普遍的になると
現在は、手作業に付加価値を求めようとする動きが見られます。

これは蔵元の趣味趣向というよりも、そちらに資本の運動の効率を期待することができる、
と判断していることが要因です。

カビ臭いと言われるような、昔の文献を読みながら
そのカビ臭さより現代の方がマシだと言える理由がよくわからない私は、
随分とズケズケと書いています。




資本の運動の動きを理解すれば、100年前は近代設備を早く整えろ、というのも
100年後の現在は、近代設備なんてクソ喰らえ、ロックの魂で手作業だ(嘘大袈裟紛らわしい)というのも、両者に共通していることは、資本主義経済社会における企業でありますので、営利目的、資本の運動のより効率が良いものを選択している、ということであります。

非近代的な設備が付与価値の増加を伴うのであれば、そのような選択をする。

ではそのような非近代的な設備が、「伝統的」であるのかどうか。

設備を懐古主義的にしても、
中身が伴っていないと「伝統」にも「伝統的」にもなり得ないでしょう。

その中身というのは何か。

1915年に投稿された記事においては、醸造技術における生酛と山卸廃止について、
生酛と山卸廃止酛は、同一系統のもので同一の原理上に立脚し使用成績も殆ど同一なるものである、
と、評価されています。

私は、世の中には全くの新しいものはないという文言を頭の片隅に入れている人間です。
そのような人間からすると、100年前の技術者の方の文章にも納得するところが多い。

では現代、生酛の技術で作られる清酒と山廃の技術で作られる清酒と、
製法が違うのだから味わいも違うと評価している向きは、どのような理由になるのか。

100年前の技術者の方々は、同一系統のもので同一の原理上に立脚し使用成績も殆ど同一なるもの、
と、そのような技術として生み出されていると明記されています。
この考えの延長線上に、速醸の生産技術が存在すると考えるのは、
技術者の方々が何を再現したかったのか。

山廃の技術の簡略化だけではなく、
山廃の味わいと同じ味わいを再現することができる技術を目指した。
その山廃の味わいの元を辿れば、生酛の味わいになります。
と言うことは、生酛の味わいと速醸の味わいは、
イコールとなるのが技術の系譜から推察されることです。

ですが現在においては、生酛・山廃、速醸と技術体系が異なるような認識がされます。
その様に観察をするのは、三つの技術によって製造された清酒のあじわいに差異があることです。

生酛はスッキリ、山廃は複雑味があり燗酒に向き、速醸は淡麗な酒質に向く。
もっとも生酛の味わいに関しては、より味わいが増えるとも言われます。
さて、全てが事実でありましょうから、
その事実のなかで精度の高いものを考えたくなります。

私の選択は、過去の経緯を辿っていく方法であります。

IMG_2745w.JPG
nice!(5) 
共通テーマ:自動車

nice! 5

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。